それにしても、エクステ、めっちゃかっこいかった。
「ヒビキ。あいつ一度、コロしてくれない」
「いいんですか? 社長」
「じゃんじゃんコロして」
「じゃ、遠慮なく。これで、今月二人目になります」
「あれ? そうだった? もう一人は誰?」
「会長です。うちの引き籠り、ヤッチャってって、先週」
「そうだった? でも、あのカスは常時依頼案件だから」
「そういえば先々月も頼まれました」
「だめじゃなーい。納期守らなきゃ。プロジェクト・リーダー失格だよ。なんてね」
「して、ヤツメをコロした報酬は? 殿」
「うむ。白いエクサスでどうじゃ」
「あの、白いエクサスでございますか?」
「悪い話ではなかろうて、近江屋。もともとうちがお金出して買わせたんだったよね、あの車って」
「御意」
「では、頼んだ。7月末までに納品してね」
「御意」
「冗談はさておき、もうこんな時間。帰ろ。乗っけて行くよ。乗りたいって言ってたよね、ポルポル」
「ホントですか? あー、でも、車置いて帰ると明日メンドーなんで今度にします」
「朝、迎えに行ってあげるよ。トール道だし」
(それは、アナタのトール道よ)か。女バスの川田先生お元気かな。
「どうした? ぼうっとして」
あ、思い出に浸ってしまった。
「いえいえめっそーもない。社長にお迎えされるなんてしたら、スカート履き忘れちゃいそうです」
「あー、それ知ってる。朝、スカート履くの忘れて電車乗るOLの話でしょ?」
「かわいそうですよね。気付いた時のこと考えると」
「ふーん。そういう反応なんだ、最近の若い子は。あたしらのころはバカだねーって感じだったけどね。まあ、そもそも論でヒビキはスカート履かないけど」
社長、少し疲れてるのかな。なんだか背中が曲がって見える。
「じゃあ、気を付けて帰んなよ。スピード出すな。あんたはうちのホープなんだから」
「お疲れ様でした」
「あとよろしくね」
ポルポルか、いいな。飛ばすと気持ちいいんだろうな。
カイシャ誰もいない。いつものことだけど。
「さ、ちゃっちゃと議事録作って帰ろ」
なんだかんだで、結局2時か、帰るのメンドーになっちゃった。顔洗って寝よ。
ありゃりゃ、電動歯ブラシの毛先、広がっちゃってる。替えもなくなったし、お泊りセットそろそろ新しいのと変えなきゃね。
あと替えPとかも用意しとかないと。P一枚で二日間はサスガニ。これでも乙女だから、あたし。
やっぱり、仮眠室のソファーベッドじゃ熟睡できない。このコーヒーまずー。なんだって厚生室の「挽きたてアルカイックコーヒー」はこんなにまずいのかね。目も覚めないっての。ここの厚生室いらないからシャワールームにしてくれないかな。シャワーなら一発で目が覚める。シャワールームは一応あるけど別棟の端の方だし、男子専用みたいになってるから行くの嫌なんだよね。 厚生室ってば、バランスボールとか足裏ツボ踏みボードとか置いてあるけど、なんなの? しかもツーセットも。あんなの使うの社長に怒鳴られた北村シニアマネぐらいしょ。ボールに座って30分はぶーらぶーらしてる。まるで刑期が終わるの待ってるみたいにさ。そっか、なるほどこれこそ真のコーセー室だ。更生室なんてね。うわっ、あたしおやじギャグ言ってるし。オヤジ連に毒されて来てる。やっば。 この部署、企画戦略室って聞こえはいいけど、創業の功労者たちの慰安施設みたいになってる。いるのはおじーちゃんばっかり。会話って言っても、口開けば二言目にはダジャレ、三言目には昔話。やんなるよ。あれ? 社長だ。今日、早いな。「ヒビキ、ちょっといい? 社長室に」 「社長。おはようございます」 「あんた、その頭。また泊まったの?」 なんかなってる? 「寝グセ。後ろはねまくってるよ」 あ、ホントだ。 「あー、こうしてうちがブラックって噂が巷に広まっていくんだな。勘弁してよね。ヒビキは今日は休み。早々に帰宅しなさい」 「え? そうなんですか? さっきの、ちょっといいはどうします?」 「あ、そーだった。じゃ、ちょっとだけ。おい、北村。あとで社長室来いな。今じゃねーよ。あとでって言ったろ。ボケ」 うちの社長室はシンプルだから好きなんだよね。無駄なものが一切置いてない。現代絵画とか、洒落た写真とか、見たこともないような観葉植物とかない。これみよがしに置いてある女性社長の部屋の写真、『プレジネス』に載ってたりするけど、あれは板についてないっていうか、おのぼりさんの記念撮影にしか見えない。似合わねーのにひらひら付いたピンクのおべべ着せられちゃってさ。あんたらさ、そんな余計なもん見向きもしなかったから這い上がれたんじゃねーの、って思う。 「あのね、ヒビキ。これはホントーに秘匿事項だから、口外は無用にしてほしいんだけど」 「
きたきた。社長の気まぐれ絶対命令。期限は社長が次に思い出した時。 「なんであたしなんでしょう?」 釣りに託(かま)けて違うものひっかけたんじゃ。わー、またオヤジみたいなこと考えてる、あたし。 「悪いんだけど」 「でもですね」 会長の浮気なんて社長の眼中にあるわけないな。とすると、ハンカチに付いてるかすれたような赤黒いシミのほうか。 「わたしには手に負えそうにない。だからヒビキに頼んでるわけ。内々に」 会長は社長の鬼門ですもんね。それに、これ以上は断るな光線が出てますよ、社長の目から。よ! は! よけらんない。 「ヒビキ、なにやってる?」 「あ、すみません。その件お受けしますけど、他とバッティングすると」 「あ、それは大丈夫。仕事じゃないから、これは」 って、人はだれしもそうだと思いますけど、一応あたしの時間軸も一本なんですけどね。 「わかりました。でも、少し時間をください」 「もちろんよ。ヒビキがこの企画戦略室のなかで一番忙しいのはよく知ってるつもり」 なら、他の人に振ってくださいませんかねって、無理か。 「じゃあ、日程感は今月中とかっていうのでいいですか?」 「いや、3か月あげる。それまでに解決して頂戴」 なにをですか? とっかかりも見えてないのにいきなり。って言っても無駄なようなので。 「わかりました。3か月のプロジェクトということで。稟議書あげなくていいですかね」 「いいわよ。それでお願いした」 「ドキュメントの提出は、完了届だけということで」 「OK。じゃあ、ヒビキはすぐ帰りなさい。今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってちょーだい」 「了解です。これ預かりますね」 ばりレディース仕様のガラケー。 「うん、持って行って。返さなくていいよ。終わったら雄蛇ヶ池にでも捨ててね」 「して殿、報酬は?」 「近江屋、おぬしも悪よの。望みを言え」 「では、厚生室をシャワールームに」 「ヨキニハカラエ」 「失礼しました」 「あ、ヒビキ。北村呼んでくれる。どーせ忘れてるから、あのボケ」 北村シニアマネ、カワイソーニ。なんだか社長の水平リーベ棒にされてる感じ。「便利化学社の健康グッズ 『水平リーベ棒』 あなたの乱れたココロを水平に保ちます」 そういえば、子ネコちゃんどうしてるかな。ミルク
例のガラケーの充電コード、古すぎてコンビニとかになかったから、わざわざN市のビックヤマダセンターまで買いに出てきて正解だった。こっちでも在庫2つだったって。ついでに水平リーベ棒も買っちゃった。売れ筋No1だったから。なぜだかアウトドア用品で。7200円もした、こんなものが。シルバーコーティングって、どうせメッキだろ。ボロもーけだな、便利科学社。買ったはいいが、ショージキいらなかった。そうだ、カイシャの厚生室に置いとこ。 あー、ほっこりした。ネコちゃんたちに癒されまくった。N市のこんなとこにネコカフェあったなんて、不意打ちくらった感じ。結局、閉店ギリギリまで過ごしちゃった。やっぱ、マンチカンのコロ助くんが一番かわいかったナリン。ふっわふわで抱っこしたらフニャーってなってさ。ここも買収候補の一つだね。いつかぜってー猫カフェチェーン展開してやる。って、やっべー、こんな時間かよ。早く帰んなきゃ。ってか、車ぶっ飛ばせば、20分でつくし。やることやってからね。 車で充電なんてあたしはあんましないな。会長がスマフォの充電よくしてたけど。ガラケー充電完了っと。起動ボタンは、これか。やっぱりGPS内臓だ。用心しといてよかった。あたしの家、特定されないで済んだ。どれどれ、操作方法いまいちわかんない。スライドさせて、画面表示させてっと。ド☆キンちゃんからの不在着信がいっぱいだ。あれ、ド☆キンちゃんに何か送信しちゃったみたい。メッセージの下書き触っちゃったのか。やばい。さらにやっちゃだめなことしちゃいそーだな。も少し慎重に扱わないと。もう一つの下書は。再生。 「……かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。アナタなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻の……ーーーー雑音ーーーーーーピー」 このガラケーって、マジか。でも、これ使えそ。連絡先に名前がある人に片っ端から連絡してみよっか。いや、それは危険すぎか。トリマ、今名前が出た知り合いだけにしておこ。電源落として、よし帰るぞ。 すっ飛ばしてきたからもう雄蛇ヶ池だよ。ん? 今、橋のたもとに泊まってた車、あれ会長のジャガーじゃない。こんな時間にこんなところで何してんだろ。 会長ってば、ほんとにどっか抜けてる。 「ジャガーはね、ボン
今日は週1の義太夫講座の日。別にあたしは介護カウンセラーの資格を持ってるわけじゃないんだけどな。お師匠さんたら、会うタンビに色んな相談してくるんだよね。なんでだろ。 カイシャでおじいちゃんばっかに囲まれて仕事してると、自分が介護士になった気がしてくる時があるんだよね。カンペキな聞き役っての? だからだろな、そーいうニオイを発してしまってるんだよ、あたしは。 「ヒビキさんがいてくれて本当に助かります。あの人ったら、いけない遊びに手を出して、あとに引けなくなってて」 で、手を引かさせてほしいんですよね。社長みたいにコロセだの、始末付けろとか物騒なこと言わないですよね。 「お仕置きしてください」 取りようによっちゃ、それが一番おそろしいんですけど。カイシャのおじいちゃんたちの茶話で耳にしたことあります。針を咥えた按摩さんがコロシを請け負うって時代劇。コロシをお仕置きって言うってのも。まさかね。 「お灸をすえてください」 おっと、次はヤイト屋ですか? って、フツーに聞けば意見してほしい。だよ。おじいちゃん翻訳機能が働きっぱなしで、あたしの頭の中は殺戮の巷だ。もはや介護カウンセラーの資格どころかコロシのライセンスになってる。 社長が一度行ってみろ、なんでも勉強だぞって役場のカルチャーを勧めるから、時間が合いそうな『気軽に始める義太夫講座』っていうのを試しに受講したら逃げらんなくなった。あたししか受講者いないんじゃ、1回きりで終わりになんて出来なくて、5期連続受講者認定されて記念にゴリゴリカードもらう始末。ちなみに辻女の夏服バージョンがプリントしてあるやつだった。母校のだったからめっちゃ嬉しかった。 お師匠さんは宮木野神社の宮司さんの奥さん。昔取ったキネヅカだけで講師認定うけて、開講しちゃったらしい。ずっと同じ台本で三味線ベンベン鳴らして語ってるけど、あたしにはいまだによさがわからない。それに講座時間のうちほとんどが、お師匠さんの身の上相談。これやってちゃ受講者来ないっしょ。 「かなえてくださったら、志野婦神社をヒビキさんに譲って差し上げてもいいですよ」 またまた。お師匠さんたまに変なこと言い出すんだよね。 「あ
辻沢みたいな田舎にこんな素敵なバーがあったなんて。社長から直々に今日終わったら付き合ってって言われて、いつもの駅前の居酒屋かと思ったら、普通なら教えないんだけどって連れて来られた。ん、噛んだらぴりっときた。山椒の実? このカクテル、ブラッディー・ミヤギノって言うんだ。なんでもヴァンパイアに絡めればいいてもんじゃないだろ。 辻沢は宮木野神社の祭神が実はヴァンパイアってくらいそれと縁が深い土地。平家の落ち武者みたいな感じで末裔伝説ってのもある。実際に古い家にはそれを示す特別な屋号があったりするらしいから、まったくの出鱈目といわけでないのは知ってる。だからって町おこしでヴァンパイアって、何なの? それもあのハナゲ町長になってからのこと。 ここに来るとき、社長のポルポル運転させてもらった。やばいの通り越して、すんごかった、あの加速の快感はオトコを凌駕する。って、あたしまだ乙女だけど。 あんな車、夢のまた夢なんだろーけど、やっぱ経験しとくのはいいことだと思う。目標がよりリアルに感じられるから。「どうだった? ポルポル」「やばかったです。ありがとーどざいました」「アクセル踏みこんだとき、いきそーになったでしょ」「社長。それはちょっと」「あれ? ヒビキはこういうのダメな人だった?」「イチオー、乙女ですから」「ふーん。うそばっかり」 で、わざわざポルポルを運転させていただいて、こんなおしゃれなバーにご一緒させていただいたので、そろそろご用件をお聞きしましょうか?「例のさ」 はい、ガラケーの件ですね。「どお?」 ドキュメントは完了届だけって言ったはずなのに。逐一、進捗報告をさせる。仕事はすべて任せてチェックだけはコマメに。完遂するイメージしか持ってない。上等のクライアントだよ、社長は。「ネットワークにアクセスできそうです」「もう? さすがヒビキだね。で、どんな?」「偶然ですけど、学生時分の知り合いの名前が通話履歴に」「おー、それでも大したもんだよ。とっかかりがビジネスの真ん中、ってね」 だれの言葉だろ、シェリル・サンドバック? それとも
「あ、あたし」 社長、どなたにお電話ですか? 「北村、今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」 「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」 車とプロジェクトの運転、両方とも。 「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時……」 社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって粘り強く仕事する昔ながらのビジネスマン、「二枚腰の北」と呼ばれてたっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領域ってわきまえてますから。 「二人で3か月間、何してたと思う?」 え? それ初めて聞くな? わかりません。 「芸者遊びだよ」 「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」 「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」 全部、向う持ちってこと? 「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」 芸者ごっこって、アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん? 「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」 北村シニアマネ、見方180度変わった。 北村シニアマネ来た。お疲れ様です(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。 社長をお店の前でお見送り。 「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」 行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかか
昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時に高校の女バスで一緒だったセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。 「出かけてきます」 「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」 占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。 「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」 なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いでサブスクって何なのだけど。 「占い師に用はないから」 「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」 知るか! ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。 ……あたしにそんなこと言う資格ないか。 久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。 「ゴリゴリカード、2000円のください」 お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。 「すみません。もう一枚、2000円のください」 青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。 「六道辻まで」 ゴリゴリーン。 目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。「なんか、よく変な人見んの、ウチ」 「どんなよ」 人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。 「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」 「夕涼みっしょ。最近暑いし」 「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」 「はあ? それはツリだわ」 「いや、マジでマジで」 「ツリツリ。だまされねーし」
六道辻。やっぱりここに来るのはしんどい。嫌なこと思い出すから。ツジカワさんがここで行方不明になって、すぐにシオネが、そして……。事件の発端の場所。バス停に立つと、ツジカワさんの家はほんのすぐそこ。この短い距離で何があったんだろうって思う。 センプクさんち、すんごいお屋敷。蔵が3つもある家ってどーよ。辻沢の中でも1位、2位じゃないかな。しかし、女バスのセンプクさんと辻沢不動産の千福オーナーがどうして結びつかなかったかね。あたし頭どうかしちゃった? センプクさんのおじーちゃんが千福オーナー。 玄関先の垣根、いい香り。クチナシだね。フツーは、いくつかくたって汚くなった花があるものなのに、全部真っ白。手入れが行き届いてる。「ヒビキ様。どうぞこちらへ」 電話した時はさんざん女バスの頃の話して盛り上がってたくせに、なんなの他人行儀なこの態度。しかし、広いにもほどがあるよ。玄関からどれだけ歩かせるんだ。冗談じゃなく迷子になりそう。 「しばらく、こちらでお待ちください」 「すみません。お手洗いを貸してもらえないかな」 お腹こわした。コンビ二に売り切れ続出のオレンビーナ・スカンポあったから買って飲んだのがいけなかった。あれ飲むと必ずお腹こわす。 「この前の廊下を、あちらにまっすぐ行かれて、突き当たりを左に行ったところに雪隠がございます」 雪隠ってまさか外でしろって? したものを雪で隠すから雪隠っていうって、ウィキに載ってなかったっけ。 まっすぐね。まっすぐって、ずいぶん長い廊下だ。突き当たってと、あれか。なるほど、これを雪隠って。ただの和風の便所じゃない。一応屋内で安心した。それに水洗だし。わざわざ雪隠っていうことあるか? 洗面台、天然岩? 水つめたい。きっと井戸水だ。格子窓の向こうに裏庭か。って、普通の庭より広いし。殿様がこうやって格子越しに裏庭を見ながら手を洗ってて、「そろそろ、あの枯れ枝も払うときよのう」なんてつぶやくと、隠密が下でそれを聞いてて、シュタタタって走り去るの。それで城代家老が暗殺されるっていう筋書き。 「ごきげんよう」 なんだ? センプクさんのお姉さん? じゃない。青洲女学館の制
空気重い。コの字に並べた会議机に、3吉田、北村シニアマネ、伊礼バイプレまで。社長待ちの役員会議室。真ん中のパイプ椅子にあたし。この状態は入社の時の役員面接以来だけど、緊張はあの時ほどでない。 入口の扉が勢いよく開いて、「ヒビキ、やってくれたな。カイシャ潰れるぞ」 社長、ご来臨。怒り度、60パーセントに抑えてる。「すみません」「幸い、死人は出なかったが、けが人が両手出た。金と信用含めて、かなりの損失だ」 言いようがないです。どうして志野婦の神輿が宮城野の神輿にぶつかっていったのか? あれはあきらかな故意。誰かに命令されたような。なんてことはここでは口にしませんから、社長。「一番に現場に行って仕切ったことは褒めてやる。まあ、ヒビキ一人を攻めてもどうなるものじゃなし。言ってみれば、ここに雁首並べた連中みんなが責任を負うべきだ。なあ、北村」「へ、へい」「何が、へいだ。お前んちの屋号は『小房の粂八』か?」 北村シニアマネ、緊張しすぎ。「プレス集めて謝罪会見は吉田クンお願い。カス同席で土下座でもなんでもさせて。その後は懇意の記者連れて病院回って」 『クン』付けは吉田シニアマネ。社長とは高校の同期だから。当然会長とも同期で、かつ設立メンバー。「宮木野信用金庫からいろいろ言って来てます」「吉田さん、あんたのコネクションはこういう時のためだろ。フォローお願い」 『さん』付けは、吉田エグゼクティブ。社外から引っ張ってきたから。「役場はどうしましょう」「今、町長に一番近いのは伊礼だ。お前に任せる」 伊礼バイプレは社内一の切れ者だから、いつも一番やっかいな仕事を任される。「あとは、辻のうるさがただけど」 北村シニアマネと吉田ディレクタ下向いちゃってる。「これは、あたしがやる。北村、お前も同行しろ」「へい」 吉田ディレクタ安堵。ちなみに呼び方は、「吉田! 警察と消防な。上とはもう話しついてるから、お前は署員の皆様と茶飲み話でもして来い。手ぶらで行くなよ」「いくらぐらいの菓子折りがい
ミワちゃんにタクシーで家まで送ってもらった。セイラに借りたハンカチ血だらけだ。洗っても落ちなさそうだから、買って返さなきゃだよ。疲れた。お風呂入って寝よ。 傷小さいのに、なかなか血が止まんない。アタマやると血止まんないっていうよね。お風呂入るのやめとけばよかったかな。ん? ニーニーの部屋のほうで音がした。やだな。大急ぎで部屋に帰ろ。ふー、全部鍵かけた。やっべ、ドライヤー持って来るの忘れた。急いでドア開けたからチェーンを外すの忘れてた。で、一回閉めようとしたんだけど、そん時すっごい力でドア引っ張られて、ギリギリチェーンが引っかかって止まって、向うはドアを開こうと揺さぶるものだからウチは弾き飛ばされそうになったけど、必死でしがみついて、めっちゃ怖いの我慢して、無我夢中でドア閉めてもっかい全部鍵掛けたんだけど、どうやってそれができたのか分かんなかった。 ドアの隙間からちらっと見えたのは小さな子供だった。不吉な色の目をこちらに向けて、銀色の牙から涎を滴らせてた。あの子供はニーニーだ。ウチと2段ベッドで寝起きしてた頃のままのニーニーだ。ニーニーもしかしてヴァンパイアだったの? あれじゃ学校にも行けない。だからずっと引き籠ってた? ウチ、これからあんなのと二人で生活すんの? 超怖いって。痛! ズキって。血が止まらない。この傷のせいでニーニー出てきた? 血に誘われて? 夜じゅーずっと、ドアの向こうに何かがいる気配がしてた。ムチューで布団かぶってたら、パパに教わった呪文を思い出した。スギコギの唄。寝れない夜、パパが教えてくれたやつ。どこからあさがあけましょおすぎこぎもって ごりごりごり すぎこぎもって ごりごりごり もうすぐあさがあけますよすぎこぎけずって ぎりぎりぎり すぎこぎけずって ぎりぎりぎり そうらあさがあけました繰り返し、繰り返し、ずっと、ずっと、何回も、何回も、朝が来るまで布団の中で歌い続けた。((ここを開けろ、中に入れろ))って声が頭の中でウルサいから、ワーって聞こ
【レイカ】 そろそろ12時。宮木野神社と志野婦神社の御神輿がこのメヌキドーリの交差点に来合わせる時間。で、ケンカ神輿? しないよ。かわすの、お互いで。宮木野神社の御神輿は、どんだけ優雅に、志野婦神社の御神輿は、どんだけ勇壮にお互いの御神輿を交わしあうかが見せ場。ってパンフに。「おー、来たよ。志野婦のでっかいちん(ピー)だ」(ナナミ、ファール4) どよめき。歓声。また歓声。人垣で何も見えない。ナナミとミワちゃんは背か高いからいいけど、ウチとセイラは人並みだから、さっきからぴょんぴょんしつづけ。疲れるね、セイラ、大丈夫?(無声)。うん、メマイする(無声)。「やだ。アレに辻川雄太郎をよろしくって書いてある」「電飾でギラギラだぞ」「どんだけ名前売りたいんだ?」【ヒビキ】 来た。宮木野の神輿。大外から回って、優雅にかすめてー。で、志野婦の神輿が練りに練って勇壮に。……どうして突っ込んでいくんだよ。喧嘩じゃないんだよ。どこの祭りだと思ってんだ。危ないって! ぶつかったら衝撃に耐えられないんだって、寄せ木だから。あーーーーーーー。やった。爆裂した。派手に。【レイカ】 おー、どよめき。また、どよめき。きっと、ものすごい接近して、あやうくぶつかりそーになってるんだ。ジャンプ! ? 痛っ。なんか飛んで来た。頭に何か当たった。すごい悲鳴が上がってる。阿鼻叫喚? 【ヒビキ】 うわ、下がるな下がるな。後ろに人いるから。あ、すみません。後ろの人の足踏んじゃった。【レイカ】 いたたたた。足踏まれた。さがんなよ、後ろに人がいるっての。なんなの? その被り物。それはヴァンパイアじゃなくてカレー☆パンマンでしょ。【ヒビキ】 って、シラベじゃね。ユサまで。やっべー、逃げろ。じゃない。けが人助けなきゃ。【レイカ】「何があったの? ミワちゃん」「ぶつかった。志野婦のが宮木野のに。志野婦の神輿、
【レイカ】 駅前広場、すごい人だかり。なんだろ。〈本年度のヴァンパイアお揃いコーデコンテスト優勝者はーーー〉〈デゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥル。ジャーーー〉 司会者、口で言ってる。予算のカンケーってやつ?〈天伴連町、ブラック・キャリエッタ姉妹の御二方でした〉 大歓声。あ、さっきの紫と赤のタイツの二人だ。まー順当だろーね、あの二人なら。〈それでは、記念品の授与と優勝イベントのほうを行いたいと思います〉 おー、金のすり鉢&スリコギ棒だ。高そー。大歓声と大拍手。パチパチパチっと。〈次はイベントのほうに移りたいと思います。あ、商品はこっちに預りますので。優勝者のお二人は、前の処刑台のほうにどうぞ。もちょっと前に。そう、そこです。用意があるので少々お待ちください。いいですか? 準備OK?〉「レイカ行くよ」「見て行かないの?」「ウチはいいわ」「あたしもいい」 なら、ウチもいいけど。すごい歓声。「ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」 地面揺れてる? 【ヒビキ】 うわ、地響きしてる。周りの人たち殺気だってるよ。「ねーさん!」「なに?」「興奮するっすね!」 カワイ、お前も何気に辻っ子だな。【レイカ】 セイラは? 後ろ振り返ったら、舞台の上の二人が真っ赤な絵の具を浴びせかけられてた。セイラ、そんなところにしゃがんでると踏みつぶされちゃうよ。どうしたの? セイラ。息、上がっちゃってる。過呼吸? セイラ身体弱いのにあんな刺激の強いの見るから。大丈夫? 立てる? 行こ。キャリエッタ姉妹の念動力が地獄を呼ぶ前に。なんてね。……セイラ、なんで泣いてるの? うわ! 何あれ。ひどスギ。 【ヒビキ】 あと10分で12時か。あのイベント過激すぎだった。ペンキかけるだけでよくない? 斬首いらないよ。司会者が血まみれのマネキンの首を両脇に抱え
で、いま冷たい手であたしの首ねっこ抑え込んでるのは誰かな?「ヒビキちゃん。人がワルイな。社長の差し金でいろいろ調べてるんだって? 予め言ってくれないと、こっちも準備あるからさ」 この声は町長。どうしてこんなところに?「言ったら極秘調査になりませんから」「おー、極秘調査ね。相変わらずヒビキちゃんは社長の裏仕事手伝ってるのね。でも、あんまりやりすぎると、この可愛い首どうかなっちゃうよ。ダメダメ、後ろ向くのはなし」 そーかよ、まずその手を放せよ。「おっと、どっかのバカみたく指へし折られるのは勘弁」 へし折る? ちょっとひねっただけじゃないの。会長が人のフトモモ触るから。「アタシのこの指はそう簡単には折れないけどね」 気味悪く節くれ立った指があたしの頬をなでた。長っが。触んな、きもい。爪伸びすぎだろ。(「町長? そうだよ。あいつもヴァンパイア。よそ者だけどね」) センプクさんの言ったことは本当だった。「こちとら辻っ子だ。お前らなんぞ怖くない」「あれ? なにいきってるの? 君の友だち殺したのアタシじゃないからね。恨み違いしないでよ」 何だと、ハナ毛。「あんたの指がきもいのはいいとして、腐った菜っ葉の匂いがしてるのはどうしてだ?」「おっと、いけない。ついつい本性出しちゃったよ。人に見られたら大変なことになる」 痛てて。押しやがった、転んじゃっただろ。ん? いない。町長が消えた。どこ行ったんだ? おおー、今頃震えが来た。止まんないよ。怖かった、すごく。 震えは止まったけど腰ぬけた。立ち上がれない。お、ちょうどいい。カワイだ。「おい、そこのセーネン」 そう、お前だよ、カワイ。ちょいちょい、こっちゃ来い。「カレー☆パンマンさんが何のご用でしょうか?」「ばか、あたしだよ。ヒビキ」「えー、ねーさんこんなところで何してるんすか?」「ちょっと転んで立てない。手を貸せ」 カワイに手を引いてもらってようやく立てた。立ち上がる時ふらついてカワイに寄り掛かったら、「ねーさん
ヴァンパイア祭りになってから人の集まり増えたけど、こうやって人ごみの中に佇んでいると、ざわざわとした気持ちになって落ち着かなくなる。多分、この中にヴァンパイアが混じってるって知ってるからなんじゃないかな。さっきすれ違った紫と赤のペアーみたいなそれらしい格好じゃなくて、ごくあたり前の格好して。そいつが4年前にココロをあんな風にしちゃったんだ。 ココロが帰って来たってココロのパパから連絡もらった時は、本当にうれしくてココロんちに飛んで行った。帰ってきたのはずいぶん前だったって電話で言ってたのに、家に着いたら警察に連絡してないって言われて、初めてその時変だなって思った。 なぜかごめんなさい、ごめんなさいって言い続ける痩せ細ったココロのママに案内されて、台所の下の地下室に下りると、そこには猛獣を飼うような檻が設えられていて、中にうつろな目をした辻女の制服姿のココロが立ってた。 その時のココロを見て全て分かった。違うって。これはココロじゃないって。ココロは死んじゃったんだって。一時は、ココロをこんなにした奴が憎くて憎くて、怒りで狂い死にしそうになった。でも時間が過ぎると、やっぱりココロはそこにいて、あたしの名前を呼んでくれるし、黄色く濁った眼球、鋭い牙や爪、血管が赤黒く透けて見える白い肌をしていてもココロはココロだった。 あたしはどうしていいか分からなくなった。そして、毎日学校の帰りに冷たい地下室に籠ってココロと対面しているうちに、こうしてココロと一緒にいられることだけが大切なことに思えてきて、その他のことはウチらには関係ないって気持ちになった。 そうするうちにココロのママが2階のココロの部屋で首を吊って自殺して、ココロのパパがココロの食餌を調達しに出かけたまま帰ってこなくなり、最後はあたしがココロの面倒を見ることになったけど、それもこれも時間が過ぎただけのことで、あたしは何も感じなかった。 だって、死んでしまったココロが目の前にいるこの世界は、あたしにとっては、すべてが停止してしまったのと同じだったから。これからずっと何も変らない、そう思ってたから。
三社祭。日中は暑かったけど、夕方になっていい感じに涼しくなってきた。シラベたちに一緒にって誘われたけど、仕事って断った。これも一応仕事だし。一人でぶらぶらしてるのは運営委員会が決めた変なルールに反すると思って、せめてってこのお面買ったけど大丈夫かな。ピロシキに目鼻つけたようなやつだった。これ、違くないか? 夜店のどぶづけの中見たら、「辻沢ダイゴ」ばっかり残ってるし、ラベルシール、瓶からはがれて水の中で泳いじゃってる。やっぱプロダクトの急ごしらえは禁物だ。「ママー、このミルクおえー」「だから変なの買わないのっていったでしょ。いらないなら捨てちゃいなさい」「ぼく。泣くな」 お、いなせなおニーさん登場。さらしにハチマキ、似あってるね。「このラムネと交換してあげるよ。いいや、お金はいらないよ、ママさん」「すみません。ダイキ、ありがとう言いなさい」「ありがとー」「いいって、こんなまずいもん押しつけやがるから、みんなが迷惑してらーね」 社長に見せらんない。おニーさん、ノボリに八つ当たりしなくても、あーあ。あとで買戻し要求されるの覚悟しとこ。 |陽物《チンコ》神輿にでっかく「辻川雄一朗をよろしく!」。町長の名前、思った以上に映《バ》えるね。電飾派手にして正解だった。それより、チンコの神輿、今年初めてなのに、皆さんに受け入れてもらえたのはありがたいな。「ねーちゃん。恥ずかしがんなって。毎晩、旦那のにまたがってんだろー」「乗りなれてるじゃねーの、あねさん。さすがベテランだね」「うるさいね。うちのやつは3年前から、使い物になんないよ」「おーい、旦那さんよー。頑張んないと捨てられちゃうよー」「いいよ、いいよ、持って帰っちゃって。それは奥さん専用だ」 それにしても、今年年女じゃなくてよかった。誰が言いだしたのか、年女はあれにまたがるもんだって。絶対社長に、「なに? ヒビキ年女なの、じゃ乗れ!」 って言われて、先頭切って乗る羽目になってた。あんなのに乗せられたら乙女一生の不覚だったよ。
あそこの二人は、控え目に牙付けて口に血のりシール貼ってるだけだけど、さっきすれ違った二人組なんか、全身ヴァンパイアコスプレだった。紫と赤の全身タイツ着てマントつけて。気合入ってんなーって、注目の的だった。二人ともスタイルよかったし。 ウチらジモティーは夜店で買ったヴァンパイアのお面、頭に乗っけておしまい。あー、そうね。あそこにもいるけど、沿線のJKは、制服にヴァンパイアメークってのが流行りみたい。お揃いコーデ、メンドーだからだと思うけど。けっこー、かわいい。スカートの丈つめて、ブットい足晒して。 ヒ! ちっさいおばーちゃんたち。チョー怖い。 「なんか、今年の志野婦の神輿、ちん(ピー)の形してるんだって」(ナナミ、ファール) 「やめてよー。ナナミ」 「セイラ、お前。何ぶりってんだ?」 「ないわ、辻沢の祭りは女祭りだよ」 「山椒の木の寄木造りって書いてある」 「レイカ、お前はどこの人だ。さっきからパンフばっか見て」 ケッコー面白いよ。 「山椒の木ってのは最悪だね。宮木野さんとこNGのはずなのに」 「どぃうこと?」 「宮木野さんは山椒の木の元で死んだから、神社に山椒は持ち込めないことになってる」 ふーん。そーいえば、役場の宮木野さんも山椒の木の下に寝転がってた。 「年女があの神輿に跨がるってパンフに書いてある。豊作祈願だって」 ちん(ピー)に女の子が乗るって、恥ずい。(レイカ、ファール1。反省) 「セイラ、今年、年女でなくてよかった」 「そーだねー。セイラは乗せらんないね」 「ミワちゃんは?」 「あたしは、別に気にしない」 「ちん(ピー)にのったミワの姿って、ワラエル」(ナナミ、ファール2) 「ウケル。そん時は、ナナミも同乗してるから。同い年、二人とも笑」 「レイカもそん時は年女だろ。ママハイ仕込みが」 「ほっとけや」 って、ナナミ、ヤマハイ仕込みでなくってママハイって言ってたんだ。ママの言うことハイハイ聞くって意味か。ウチ、そんなでもなかったよ。とくにコーコーの頃は。ナナミにテクニカルファールみとこ(ナナミ、ファール
今夜は三社祭です。ミワちゃんとナナミとセイラと来てる。カリンも誘ったけど仕事だって、こんな日に。かなりブラック、カリンの会社。ミワちゃんの黄色地に白い花柄の浴衣キレー。ナナミ、相変わらず肩幅広っろ。その浴衣おとーさんの? 渋すぎでしょ。セイラはいったいいつからそーいう趣味になった? ゴスロリ浴衣って。でもアンガイ似あっててカワイイ。ウチはママの拝借。ちょっとオトナな感じの赤地に黒い縦じまの浴衣。高倉さんにママの浴衣出してって頼んだら着付けまでしてくれた。《《おはしょり》》長すぎて腰紐高くしてるのは内緒。 三社祭は宮木野神社と志野婦神社のお祭り。二社しか参加しないのに三社っていうのは、カゲ社といって数揃えを入れてるから。二より三の方が縁起いいしょ。でも、三つ目は青墓の杜にむかーしあった青墓神社のことって言う人もいる。ホントのところは分かんない。ウチは俗説の、宮木野さんと志野婦さんの双子の姉妹の他にもう一人男の兄弟がいて、三社ってのが好き。 ウチは8年ぶりの三社祭。もとは4年ごとのお祭りで、ちょうど4年前にはあの事件があって中止になってた。でも、ミワちゃんたちは毎年参加だって。ヒマワリのパパが商店街振興を掲げて町長に当選してすぐの仕事が、三社祭を毎年開催に変えたこと。無理っていわれてたことを共催企業を募ることで実現したって。これはお祭りのパンフの受け売り。「ヤオマンの提灯と、三社祭の提灯、半々って感じ」「ほんとだー。んっぐぐ」「レイカ、お前、その腐れ牛乳好きだな。何本目だ?」「3本目。おいしーよ。あれ? なんて名前なんだっけ。ラベルない」「辻沢ダイゴ。あのノボリに書いてある」「ダンス・飲・ザ・辻沢ダイゴ!」「ほれ、レイカ。踊れ!」「あ、かっぽれ、かっぽれ」「なにそれ?」「知らない」 あぶな、人にぶつかりそーになった。あんなでっかいヴァンパイアの被り物二人でしてたら邪魔でしょに。てか、周りヴァンパイアだらけ。 宮木野さんと志野婦さんの双子姉妹がヴァンパイアって言い伝えをもとに、女の人はヴァンパイアの格好をして参加するように呼びかけてるんだって。二人一組でね。お揃いヴァンパイアコーデってやつ。